何をしたかて駄目な小学生、野比のび太と、22世紀から彼のもとにやってきたロボット・ドラえもんの日常生活を描いた作品なんや。
典型的なプロットは「のび太の身にふりかかった困難を、ドラえもんから貸し与えられはったひみつ道具で一時的に解決するが、その後その道具を不適切に使い続けた結果、しっぺ返しを受ける」ゆうものなんや。 このプロットは、SF(“すこしふしぎ”な)作品として本作を執筆しとった作者の意図を反映しとり、当時のSFの唱える "if"(もしも) についての対象を想定した回答であるといえるちうわけや。
1969年より、小学館発行学年誌の一部(『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』『小学四年生』)にて連載開始したちうわけや。いずれも1970年1月号で、当時の作者名義は「藤子不二雄」。1話ごとに完結する短編として執筆。
余計なお世話やけど、「ドラえもん」は『ウメ星デンカ』の後継連載やけど、新連載の予告カットに「出た!」ちう机から何ぞが飛び出てきた絵を描いたもんの、その時点ではまだ新連載のアイデアが思い浮かばへんかったちう。思い浮かばへんまんま、気分転換に、ドラネコのノミ取りを始めたが、ついに入稿期日になってしもた(正確には、その日までにアイディアをまとめ描き始めねばならへんかった)。あきらめかけながら、「わしゃ、破滅やったらー!」と叫びながら階段を駆け下り、娘の起き上がりこぼしにつまづいた瞬間、「ドラネコと起き上がりこぼし」ちうアイデアが結びつき、ドラえもんが誕生したゆう(このエピソードは1978年発行の『コロコロコミックデラックス ドラえもん・藤子不二雄の世界「ドラえもん誕生」』で紹介された)。
余計なお世話やけど、ドラえもんの名前にひらがなとカタカナが混在してんは、ドラえもんがオノレの名前を書くときに、カタカナの“エ”を思い出すことができへんし、“えもん”をひらがなんやしてしもたからとされとる続きを読む
